
札幌税関検査事件判決(最大判昭和59年12月12日)判例解説
こんにちは!憲法タイムズです!
今日も予備試験受験生、司法試験受験生、法学部生、ロースクール生、そのほか資格受験者や法律に興味のある皆さんに向けて、憲法の重要判例を解説していきます!!
さて、今日は憲法の問題の中で大きな比重を占める表現の自由(憲法21条)の中でも極めて重要な判決である
「札幌税関検査事件判決」(最大判昭和59年12月12日)
について、丁寧に解説していきます。
前書き:この記事を読むと理解できること
今日の記事を読むと、次のようなことが理解できるようになります
・札幌税関検査事件判決について理解できるようになる。
・表現の自由についての概要をつかめる。
・憲法21条2項前段と後段の違いが理解できるようになる。
・「検閲」の定義が理解できるようになる。
・「合憲限定解釈」について理解できるようになる。
本文へ
さて、長い前書きはこの辺にして早速解説パートに入っていきます!
まずは目次です。
1、【本判決の超重要部分】
さて、判決全体を見る前に、この判決で示された超重要部分を確認しておきます。一つ目は『「検閲」の定義』、二つ目は『合憲限定解釈の限界』です。
❶【検閲】の定義
判決本文で示されている「検閲」の定義は、答案でも非常によく書くフレーズです。長いですが、意味を理解したうえで完璧に覚えましょう。
『「検閲」の定義』
「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す。
判決本文〈三 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法二一条二項前段)〉
ちなみに、「検閲」は上記に定義された通りのものですが、「絶対的に禁止される」ということも併せて覚えましょう。検閲の絶対禁止については判決文では以下のように示されています。
「憲法二一条二項前段の規定は、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨と解される」
判決本文〈三 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法二一条二項前段)〉
「これらの経験」というのは、まさしく検閲の絶対的禁止の理由であり、そのような経験は何かというと、諸外国における検閲の制度や、戦前の日本における検閲の制度によって「思想の自由な発表、交流が妨げられるに至った経験」を指しています。
諸外国においても、表現を事前に規制する検閲の制度により思想表現の自由が著しく制限されたという歴史的経験があり、また、わが国においても、旧憲法下における出版法(明治二六年法律第一五号)、新聞紙法(明治四二年法律第四一号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われたほか、映画法(昭和一四年法律第六六号)により映画フイルムにつき内務大臣による典型的な検閲が行われる等、思想の自由な発表、交流が妨げられるに至つた経験を有する
判決本文〈三 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法二一条二項前段)〉
❷合憲限定解釈の限界
さて、この札幌税関事件で、示されたもう一つの重要なことは「合憲限定解釈の限界」についてです。
表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また、一般国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない
判決本文〈四 三号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法二一条一項)〉
2、【本判決までの概要】
事件の概要
札幌税関検査事件は、X(原告・被控訴人・上告人)が昭和49年3月頃に外国商社に注文した8ミリ映画フィルムや雑誌等が、関税定率法の輸入禁制品に該当するとして札幌税関支署長(被告・控訴人・被上告人)がXに対して通知をし、Xが異議申立てを行い、函館税関長(被告・控訴人・被上告人)Xの異議申立てを棄却したことに対して、Xが札幌税関支署長による通知と函館税関長の異議申出棄却決定の取消しを求める取消訴訟を提起したことに始まります。
X(原告・被控訴人・上告人):8ミリフィルムや雑誌等を輸入
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札幌税関支署長(被告・控訴人・被上告人):輸入禁制品に当たるとして、Xに通知
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X:異議申立て
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函館税関長(被告・控訴人・被上告人):異議申立てを棄却
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X:異議申出棄却決定の取消しを求める取消訴訟を提起
第一審
第一審は、札幌税関支署長らの通知及び函館税関長の棄却決定は、憲法21条2項の「検閲」に該当し、違憲であり、Xの請求を認容し、本件通知等を取り消しました。
控訴審
控訴審では、税関検査は「検閲」には該当しないとして、第一審判決を取り消して、Xの請求を棄却しました。
これに対して、Xが上告したのが、本判決までの流れです。
3、【本判決の構造】
本判例は、大きく分けて以下の「一から七」の7つのパートからなっています。
一、事案と上告理由の概要
一ではX(上告人)の上告理由の概要が示されています。①ではX(上告人)の上告理由は多いく分けて次の4つであると示されています。
(一)、税関検査は憲法21条2項前段が禁止する「検閲」に該当し違憲である。
(二)、関税定率法21条1項3号の文言は著しく不明確であり、違憲である。
(三)、信書の秘密を侵すおそれが強い郵便物の税関検査は、憲法21条2項後段に違反し、違憲である。
(四)、原審の判断には、関税定率法21条1項3号の解釈を誤った違法がある。
二、通関手続きの概要の説明
二では、通関手続きの構造が述べられています。
三、検閲の定義と税関検査の検閲該当性
三では憲法21条2項前段にいう「検閲」の定義と税関検査の検閲該当性が示されています。この定義は極めて重要なので暗記しましょう。さらに③では、憲法21条2項前段の趣旨の検討がされており、公共の福祉を理由とする例外の許容をも認めない旨が示されています。そして、検閲の絶対的禁止の論拠が述べられています。
「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す
判決本文〈三 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法二一条二項前段)〉
四、輸入規制が憲法21条1項に違反しないか(法令審査)
四では、そもそも輸入規制自体が憲法21条1項に違反しないか否か検討されています。さらにこのパートでは、表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許される場合について検討されています。これについても試験との関係上とても重要です。丸暗記でなくてよいので、答案上で再現できるように覚えましょう。
表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また、一般国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない。
判決本文〈四 三号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法二一条一項)〉
五、税関検査が憲法21条2項後段に違反するか否か
五では、税関検査が憲法21条2項後段にいう「通信の秘密」に違反するか否かが検討されており、信書以外の郵便物の税関検査は、「通信の秘密」を侵すものではない旨示されています。
六、本件事案への関税定率法21条1項3号の適用について
七、結論
結論としては、Xの上告は棄却となります。すなわち札幌税関支署長の通知や函館税関長の決定は違憲ではなかったということになります。
【判決本文全文】
さて、いよいよ、本判決の全文を読んでみましょう。とても長く、途中でつまずくことがあるかもしれませんが、まずは太文字部分を読み、徐々に読む場所を増やしながら、何度も読んで判例の論理構造を理解していきましょう。
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人〈注:略〉の上告理由及び上告人の上告理由について
一、事案と上告理由の概要
2の【本判決の構造】と同じ解説ですが、もう一度掲載します。
二ではX(上告人)の上告理由の概要が示されています。①ではX(上告人)の上告理由は多いく分けて次の4つであると示されています。
(一)、税関検査は憲法21条2項前段が禁止する「検閲」に該当し違憲である。
(二)、関税定率法21条1項3号の文言は著しく不明確であり、違憲である。
(三)、信書の秘密を侵すおそれが強い郵便物の税関検査は、憲法21条2項後段に違反し、違憲である。
(四)、原審の判断には、関税定率法21条1項3号の解釈を誤った違法がある。
所論は、要するに、(一) 関税定率法(昭和五五年法律第七号による改正前のもの、以下同じ。)二一条一項三号に掲げる貨物に関する税関検査による輸入規制は、憲法の絶対的に禁止する検閲に当たり、又は国民の知る自由を事前に規制するものであるから、憲法二一条二項前段又は一項の規定に違反する、(二) 関税定率法二一条一項三号の規定にいう「公安又は風俗を害すべき」との文言は著しく不明確であり、このような基準による輸入規制は憲法二一条一項、二九条及び三一条の規定に違反する、(三) 郵便物についての税関検査は、信書の秘密を侵すおそれが強いので、憲法二一条二項後段の規定に違反する、(四) 本件貨物をすべて関税定率法二一条一項三号の「風俗を害すべき書籍、図画」等に該当するとした原審の判断には、右規定の解釈適用を誤つた違法がある、というのである(外国貨物及び郵便物の両者を通じ、輸入手続において税関職員が行う検査を「税関検査」と略称する。以下同様である。)。
一 関税定率法二一条一項三号は、輸入禁制品として、「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」を掲げ(以下、同項各号に掲げる貨物をそれぞれ「一号物件」ないし「四号物件」という。)、その輸入を禁止しているが、本件において上告人は、自己あての外国からの郵便物中に三号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物があるとして、被上告人函館税関長の委任を受けた被上告人同税関札幌税関支署長から同条三項の規定による通知を受け、右郵便物の配達又は交付を受けられなくなつたことを不服として、同税関支署長のした通知等の取消しを求めているので、以下順次、各論点につき判断することとする。
② 外国貨物又は郵便物の輸入手続について
②では、通関手続きの構造が述べられています。あまり重要なことは書かれていないので余裕がない方は読み飛ばしてしまっても大丈夫でしょう。
二 外国貨物又は郵便物の輸入手続について
1 外国からわが国に到着した貨物は、原則として、すべていつたん保税地域に搬入され、これを輸入しようとする者は、当該貨物の品名並びに課税標準となるべき数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査(税関検査)を経て、輸入の許可を受けなければならないものとされている(関税法三〇条、六七条、六七条の二)。そして、右の税関検査は、(一) 他の法令の規定により必要とされる場合に所定の許可、承認等を受けていることの証明があるかどうか、また、所定の検査の完了等につき確認を受けたかどうか(同法七〇条)、(二) 原産地を偽つた表示等がされていないかどうか(同法七一条)、(三) 関税等を納付したかどうか(同法七二条)のほか、(四) 当該貨物が輸入禁制品に当たるかどうか(関税定率法二一条一項)の点についても行われるのであつて、この検査の過程で当該貨物が輸入禁制品に当たることが判明した場合には、税関長は、一、二、四号物件に該当する貨物については、これを没収して廃棄し又はこれを輸入しようとする者に対してその積みもどしを命ずることができ(同条二項)、三号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物については、その旨を輸入しようとする者に通知することを要し(同条三項)、これに不服のある者には税関長に異議の申出をさせ(同条四項)、それを受けた税関長は、輸入映画等審議会に諮問した上、異議の申出に対する決定をして当該申出人に通知するものとされている(同条五項)。
次に、郵便物の輸入手続についてみるのに、輸入の申告及び許可の手続は不要とされるが、輸入される郵便物中にある信書以外の物については、郵政官署の職員の立会の下に税関職員が必要な検査(税関検査)を行うこととされており(関税法七六条ないし七八条、同法施行令六六条、関税定率法二一条一項)、検査の結果、郵便物中に三号物件に該当すると認めるのに相当の理由がある貨物が発見された場合に、税関長のなすべき通知及びこれに対する異議の申出と決定については、郵便によらない貨物の場合と同様である(関税定率法二一条三項ないし五項)。
2 そこで、関税定率法二一条三項の規定による税関長の通知の性質について、以下にみることとする。
被上告人らは、三号物件に該当する貨物につき輸入が禁止されること自体は、同条一項の規定により一般的に生じている効力によるものであつて、この税関長の通知は、右条項により生じた輸入禁止の一般的効力に対し何ら加えるところはなく、関税法上も輸入申告に対し不許可処分をすべき旨の規定がないから、輸入禁制品に限らず輸入手続一般において税関長は不許可処分をすることはない、と主張する。被上告人らが原審において、右の税関長の通知は何ら輸入の禁止又は不許可の効果を生ずるものではなく、輸入禁制品については、輸入の禁止又は不許可等の行政庁の何らの処分を要しないで、同条一項の実体規定による当然の効果として、当該貨物を適法に輸入することができないという制約が生ずる旨主張したのも同一趣旨であると解される。
しかしながら、輸入申告にかかる貨物又は輸入される郵便物中の信書以外の貨物が輸入禁制品に該当する場合法律上当然にその輸入が禁止されていることは所論のとおりであるとしても、通関手続の実際において、当該貨物につき輸入禁止という法的効果が肯認される前提として、それが輸入禁制品に該当するとの税関長の認定判断が先行することは自明の理であつて、そこに一般人の判断作用とは異なる行政権の発動が存するのであり、輸入禁制品と認められる貨物につき、税関長がその輸入を許可し得ないことは当然であるとしても、およそ不許可の処分をなし得ないとするのは、関係法規の規定の体裁は別として、理由のないものというほかはない。
進んで、当該貨物が輸入禁制品に該当するか否かの認定判断につき、これを実際的見地からみるのに、例えばあへんその他の麻薬(一号物件)については、その物の形状、性質それ自体から輸入禁制品に該当することが争う余地のないものとして確定され得るのが通常であるのに対し、同条一項三号所定の「公安又は風俗を害すべき」物品に該当するか否かの判断はそれ自体一種の価値判断たるを免れないものであつて、本件で問題とされる「風俗」に限つていつても、「風俗を害すべき」物品がいかなるものであるかは、もとより解釈の余地がないほど明白であるとはいえず、三号物件に該当すると認めるのに相当の理由があるとする税関長の判断も必ずしも常に是認され得るものということはできない。
通関手続の実際においては、前述のとおり、輸入禁制品のうち、一、二、四号物件については、これに該当する貨物を没収して廃棄し、又はその積みもどしを命じ(同条二項)、三号物件については、これに該当すると認めるのに相当の理由がある旨を通知する(同条三項)のであるが、およそ輸入手続において、貨物の輸入申告に対し許可が与えられない場合にも、不許可処分がされることはない(三号物件につき税関長の通知がされた場合にも、その後改めて不許可処分がされることはない)というのが確立した実務の取扱いであることは、被上告人らの自陳するところであつて、これによると、同法二一条三項の通知は、当該物件につき輸入が許されないとする税関長の意見が初めて公にされるもので、しかも以後不許可処分がされることはなく、その意味において輸入申告に対する行政庁側の最終的な拒否の態度を表明するものとみて妨げないものというべきである。輸入申告及び許可の手続のない郵便物の輸入についても、同項の通知が最終的な拒否の態度の表明に当たることは、何ら異なるところはない。そして、現実に同項の通知がされたときは、郵便物以外の貨物については、輸入申告者において、当該貨物を適法に保税地域から引き取ることができず(関税法七三条一、二項、一〇九条一項参照)、また、郵便物については、名あて人において、郵政官署から配達又は交付を受けることができないことになるのである(同法七六条四項、七〇条三項参照)。
以上説示したところによれば、かかる通関手続の実際において、前記の税関長の通知は、実質的な拒否処分(不許可処分)として機能しているものということができ、右の通知及び異議の申出に対する決定(関税定率法二一条五項)は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分及び決定に当たると解するのが相当である
(ちなみに、昭和五五年法律第七号による関税法等の一部改正により、関税定率法二一条四、五項の規定が削除され、同条三項の通知についての審査請求及び取消しの訴えに関し、明文の規定が関税法九一条、九三条に設けられるに至つた。)。
③ 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法21条2項前段)
③では憲法21条2項前段にいう「検閲」の定義と税関検査の検閲該当性が示されています。この定義は極めて重要なので暗記しましょう。ここでは、憲法21条2項前段の趣旨の検討がされており、公共の福祉を理由とする例外の許容をも認めない旨が示されています。そして、検閲の絶対的禁止の論拠が述べられています。とても長いですが、とても論理構造が重要なので太字部分を含めて精読しましょう。
三 三号物件に関する輸入規制と検閲(憲法二一条二項前段)
1 憲法二一条二項前段は、「検閲は、これをしてはならない。」と規定する。憲法が、表現の自由につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条一項に置きながら、別に検閲の禁止についてかような特別の規定を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法一二条、一三条参照)をも認めない趣旨を明らかにしたものと解すべきである。けだし、諸外国においても、表現を事前に規制する検閲の制度により思想表現の自由が著しく制限されたという歴史的経験があり、また、わが国においても、旧憲法下における出版法(明治二六年法律第一五号)、新聞紙法(明治四二年法律第四一号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われたほか、映画法(昭和一四年法律第六六号)により映画フイルムにつき内務大臣による典型的な検閲が行われる等、思想の自由な発表、交流が妨げられるに至つた経験を有するのであつて、憲法二一条二項前段の規定は、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨と解されるのである。
そして、前記のような沿革に基づき、右の解釈を前提として考究すると、憲法二一条二項にいう「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。
2 そこで、三号物件に関する税関検査が憲法二一条二項にいう「検閲」に当たるか否かについて判断する。
(一) 税関検査の結果、輸入申告にかかる書籍、図画その他の物品や輸入される郵便物中にある信書以外の物につき、それが三号物件に該当すると認めるのに相当の理由があるとして税関長よりその旨の通知がされたときは、以後これを適法に輸入する途が閉ざされること前述のとおりであつて、その結果、当該表現物に表された思想内容等は、わが国内においては発表の機会を奪われることとなる。また、表現の自由の保障は、他面において、これを受ける者の側の知る自由の保障をも伴うものと解すべきところ(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁〈注:博多駅事件決定〉、同昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁〈注:よど号ハイジャック記事抹消事件〉参照)、税関長の右処分により、わが国内においては、当該表現物に表された思想内容等に接する機会を奪われ、右の知る自由が制限されることとなる。これらの点において、税関検査が表現の事前規制たる側面を有することを否定することはできない。
しかし、これにより輸入が禁止される表現物は、一般に、国外においては既に発表済みのものであつて、その輸入を禁止したからといつて、それは、当該表現物につき、事前に発表そのものを一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであつて、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会が全面的に奪われてしまうというわけのものでもない。その意味において、税関検査は、事前規制そのものということはできない。
(二) 税関検査は、関税徴収手続の一環として、これに付随して行われるもので、思想内容等の表現物に限らず、広く輸入される貨物及び輸入される郵便物中の信書以外の物の全般を対象とし、三号物件についても、右のような付随的手続の中で容易に判定し得る限りにおいて審査しようとするものにすぎず、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。
(三) 税関検査は行政権によつて行われるとはいえ、その主体となる税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であつて、特に思想内容等を対象としてこれを規制することを独自の使命とするものではなく、また、前述のように、思想内容等の表現物につき税関長の通知がされたときは司法審査の機会が与えられているのであつて、行政権の判断が最終的なものとされるわけではない。
以上の諸点を総合して考察すると、三号物件に関する税関検査は、憲法二一条二項にいう「検閲」に当たらないものというべきである。なお、憲法上検閲を禁止する旨の規定が置かれている国を含め、諸外国において、一定の表現物に関する税関検査が行われていることも、右の結論と照応するものというべきである。
3 右の次第であるから、所論憲法二一条二項前段違反の主張は理由がない。
④ 三号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法21条1項)
④では、1でそもそも輸入規制自体が憲法21条1項に違反しないか否か検討されています。さらに2では、表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許される場合について検討されています。
四 三号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法二一条一項)
1 本件においては、上告人あての郵便物中に猥褻な書籍、図画があるとして関税定率法二一条一項三号の規定が適用されたものであるところ、同号の「風俗を害すべき書籍、図画」等の中に猥褻な書籍、図画等が含まれることは明らかであるから、同号の規定が所論のように明確性に欠けるか否かについてはのちに論及することとして、まず、これによる猥褻な書籍、図画等の輸入規制が憲法二一条一項の規定に違反するかどうかについて検討する。
思うに、表現の自由は、憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであるが、さりとて絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下にあることは、いうまでもない。また、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすものであつて、猥褻文書の頒布等は公共の福祉に反するものであり、これを処罰の対象とすることが表現の自由に関する憲法二一条一項の規定に違反するものでないことも、明らかである(最高裁昭和二八年(あ)第一七一三号同三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁〈注:チャタレー事件判決〉、同昭和三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁〈注:『悪徳の栄え』事件判決〉参照)。そして、わが国内における健全な性的風俗を維持確保する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することは、公共の福祉に合致するものであり、猥褻刊行物ノ流布及取引ノ禁止ノ為ノ国際条約(昭和一一年条約第三号)一条の規定が締約国に頒布等を目的とする猥褻な物品の輸入行為等を処罰することを義務づけていることをも併せ考えると、表現の自由に関する憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法二一条一項の規定に反するものではないというべきである。
わが国内において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、販売及び販売の目的をもつてする所持等であつて(刑法一七五条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約としては、単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべき筋合いであるけれども、いかなる目的で輸入されるかはたやすく識別され難いばかりでなく、流入した猥褻表現物を頒布、販売の過程に置くことが容易であることは見易い道理であるから、猥褻表現物の流入、伝播によりわが国内における健全な性的風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。
また、このようにして猥褻表現物である書籍、図画等の輸入が一切禁止されることとなる結果、わが国内における発表の機会が奪われるとともに、国民のこれに接する機会も失われ、知る自由が制限されることとなるのは否定し難いところであるが、かかる書籍、図画等については、前述のとおり、もともとその頒布、販売は国内において禁止されており、これについての発表の自由も知る自由も、他の一般の表現物の場合に比し、著しく制限されているのであつて、このことを考慮すれば、右のような制限もやむを得ないものとして是認せざるを得ない。
2 上告人は、関税定率法二一条一項三号の規定が明確性を欠き、その文言不明確の故に当該規定自体が違憲無効である旨主張するので、以下、この点について判断する。同号は、書籍、図画、彫刻物その他の物品のうち「公安又は風俗を害すべき」ものを輸入禁制品として掲げているが、これは、「公安」又は「風俗」という規制の対象として可分な二種のものを便宜一の条文中に規定したものと解されるので、本件においては、上告人に適用があるとされた「風俗」に関する部分についてのみ考究することとする。
(一) 同法二一条一項三号は、輸入を禁止すべき物品として、「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定する。この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等というときは、性的風俗を害すべきもの、すなわち猥褻な書籍、図画等を意味するものと解することができるのであつて、この間の消息は、旧刑法(明治一三年太政官布告第三六号)が「風俗ヲ害スル罪」の章の中に書籍、図画等の表現物に関する罪として猥褻物公然陳列と同販売の罪のみを規定し、また、現行刑法上、表現物で風俗を害すべきものとして規制の対象とされるのは一七五条の猥褻文書、図画等のみであることによつても窺うことができるのである。
したがつて、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二一条一項の規定に反しない合憲的なものというべきである。以下、これを詳述する。
(二) 表現物の規制についての関係法令をみるのに、刑法の規定は前述のとおりであり、旧関税定率法(明治三九年法律第一九号)一〇条三号及びこれを踏襲した関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき」との用語は、旧憲法の下においては、当時施行されていた出版法が「風俗ヲ壊乱スルモノ」を、また新聞紙法が「風裕ヲ害スルモノ」を規制の対象としていた関係規定との対比において、「猥褻」を中核としつつ、なお「不倫」その他若干の観念を含む余地があつたものと解され得るのである。しかしながら、日本国憲法施行後においては、右出版法、新聞紙法等の廃止により、猥褻物以外の表現物については、その頒布、販売等の規制が解除されたため、その限りにおいてその輸入を禁止すべき理由は消滅し、これに対し猥褻表現物については、なお刑法一七五条の規定の存置により輸入禁止の必要が存続しているのであつて、以上にみるような一般法としての刑法の規定を背景とした「風俗」という用語の趣旨及び表現物の規制に関する法規の変遷に徴し、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻な書籍、図画等に限定して解釈することは、十分な合理性を有するものということができるのである。
(三) 表現の自由は、前述のとおり、憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであつて、法律をもつて表現の自由を規制するについては、基準の広汎、不明確の故に当該規制が本来憲法上許容されるべき表現にまで及ぼされて表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないように配慮する必要があり、事前規制的なものについては特に然りというべきである。法律の解釈、特にその規定の文言を限定して解釈する場合においても、その要請は異なるところがない。したがつて、表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また、一般国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない(最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決・刑集二九巻八号四八九頁参照)。けだし、かかる制約を付さないとすれば、規制の基準が不明確であるかあるいは広汎に失するため、表現の自由が不当に制限されることとなるばかりでなく、国民がその規定の適用を恐れて本来自由に行い得る表現行為までも差し控えるという効果を生むこととなるからである。
(四) これを本件についてみるのに、猥褻表現物の輸入を禁止することによる表現の自由の制限が憲法二一条一項の規定に違反するものでないことは、前述したとおりであつて、関税定率法二一条一項三号の「風俗を害すべき書籍、図画」等を猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによつて、合憲的に規制し得るもののみがその対象となることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」とある文言が専ら猥褻な書籍、図画を意味することは、現在の社会事情の下において、わが国内における社会通念に合致するものといつて妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要請に欠けるところはなく、前記三号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。
(五) 以上要するに、関税定率法二一条一項三号の「風俗を害すべき書籍、図画」等の中に猥褻物以外のものを含めて解釈するときは、規制の対象となる書籍、図画等の範囲が広汎、不明確となることを免れず、憲法二一条一項の規定の法意に照らして、かかる法律の規定は違憲無効となるものというべく、前記のような限定解釈によつて初めて合憲なものとして是認し得るのである。
そして、本件のように、日本国憲法施行前に制定された法律の規定の如きについては、合理的な法解釈の範囲内において可能である限り、憲法と調和するように解釈してその効力を維持すべく、法律の文言にとらわれてその効力を否定するのは相当でない。
3 右の次第であるから、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎又は不明確の故に違憲無効ということはできず、当該規定による猥褻表現物の輸入規制が憲法二一条一項の規定に違反するものでないことは、上来説示のとおりである。したがつて、所論憲法二一条一項違反の主張は理由がなく、関税定率法の右規定の不明確を前提とする憲法二九条、三一条違反の主張は、すべて失当である。
⑤ 郵便物に関する税関検査と通信の秘密(憲法21条2項後段)
五 郵便物に関する税関検査と通信の秘密(憲法二一条二項後段)
憲法二一条二項後段の規定は、郵便物については信書の秘密を保障するものであるが、関税法七六条一項ただし書の規定によれば、郵便物に関する税関検査は、信書以外の物についてされるものであり、原審の適法に確定したところによると、本件の上告人あての郵便物は、いずれも信書には当たらないというのであるから、右郵便物についてした税関検査は、信書の秘密を侵すものではない。したがつて、その余の所論に論及するまでもなく、憲法二一条二項後段違反の主張は理由がない。
⑥ 本件貨物の関税定率法21条1項3号該当性
六 本件貨物の関税定率法二一条一項三号該当性
原審の適法に確定した事実関係の下において、本件貨物がいずれも猥褻性を有し関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
⑦ 結論
七 以上のとおりであるから、論旨はいずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官大橋進、同木戸口久治、同角田禮次郎、同矢口洪一の補足意見、裁判官藤崎萬里の意見、裁判官伊藤正己、同谷口正孝、岡安岡滿彦、同島谷六郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。