猿払事件(最大判昭和49年11月6日)判例全文

       主   文

 原判決及び第一審判決を破棄する。
 被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
 被告人において右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
 原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とする。

       理   由

 検察官の上告趣意第三の一について。
 所論は、第一審判決が、三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を法定している国家公務員法(以下「国公法」という。)一一〇条一項一九号を被告人の本件政治的行為に適用することは、当該行為に対する制裁として著しく均衡を失し、一般職の国家公務員(以下「公務員」という。)の政治的行為を制限する法目的を達成するために必要にして最小限度の域をはるかに超え、右の限度において同条は憲法二一条、三一条に違反すると判断して被告人を無罪とし、原判決がこれを是認したのは、いずれも憲法の解釈を誤るものであるというのである。
 一 よつて考えるに、

被告人の本件行為に対し適用されるべき国公法一〇二条一項、人事院規則一四―七(以下「規則」という。)五項一号、六項八号は、公務員に対し、公選による公職の選挙において、特定の候補者を支持する政治的目的をもつて、右選挙において、投票するように勧誘運動をするという政治的行為を禁止し、同法一一〇条一項一九号は、その違反に対し刑罰を科する旨を規定しているが、右の罰則が憲法二一条、三一条に違反せず、また、たとえ原判決及び第一審判決の判示する事情のもとにおける被告人の本件行為にこれを適用したとしても憲法の右各法条に違反するものでないことは、当裁判所昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決の趣旨に照らして明らかである。

なお、原判決及び第一審判決は、右の罰則の定める法定刑が重く、被告人の本件行為との間に著しく均衡を失している旨を判示しているが、本件において問題とされる規則五項一号、六項八号の政治的行為は、公職の選挙において特定の候補者を支持する目的でする投票の勧誘運動であつて、政治的行為の中でも党派的偏向の最も顕著なものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが極めて大きいのであるから、このような違法性の強い政治的行為に対して前記の程度の法定刑を定めたとしても、罪刑の均衡を失し著しく不合理であるということはできないのである。
二 以上のとおり、第一審判決及び原判決は、いずれも憲法二一条、三一条の解釈を誤るものであるから、論旨は理由がある。よつて、上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四一〇条一項本文により第一審判決及び原判決を破棄し、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。
 第一審判決の認定によると、被告人は、徳島郵便局に勤務する郵政事務官であるが、昭和四〇年七月四日施行の参議院議員通常選挙に際し、徳島地方区から立候補したA党公認候補B及び全国区から立候補した同党公認候補Cを支持する政治的目的をもつて、同年六月二一日午後八時頃から午後一〇時頃までの間、徳島県名西郡a町b字cd番地の下分公民館で開催された両候補者の個人演説会において、司会を行い、約三〇名の聴衆に対し両候補者に投票されたい旨の演説をし、もつて両候補者に投票するように勧誘運動をした、というのである(第一審第一二回公判調書中の被告人の供述記載、D、E、F、G、H、I、J、K、L、Mの検察官に対する各供述調書、徳島郵便局長作成の捜査回答書による)。この事実に法令を適用すると、被告人の行為は、国公法一一〇条一項一九号(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)、一〇二条一項、規則五項一号、六項八号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、刑法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑訴法一八一条一項本文により第一審及び原審の訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見は、次のとおりである。
 検察官の上告趣意について。
 所論は、多数意見記載のような経過で、第一審判決が被告人を無罪とし、原判決がこれを是認した判断につき、憲法二一条、三一条の解釈の誤りと判例違反とを主張するものである。
 思うに、国公法一〇二条一項は、同法一一〇条一項一九号の構成要件を委任する部分に関するかぎり憲法四一条、一五条一項、一六条、二一条及び三一条に違反し、無効であり、これに反する従来の最高裁判所の判決は変更すべきものであることは、当裁判所昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決における反対意見のとおりである。したがつて、本件被告人の行為に適用されるかぎりにおいて規則五項一号、六項八号の規定を無効として被告人を無罪とした原判決は、結論において正当であるから、結局、本件上告は理由がなく、棄却すべきものである。
 検察官横井大三、同辻辰三郎、同石井春水、同佐藤忠雄、同外村隆 公判出席
  昭和四九年一一月六日
    最高裁判所大法廷
        裁判長裁判官  村上朝一
           裁判官  関根小郷
           裁判官  藤林益三
           裁判官  岡原昌男
           裁判官  小川信雄
           裁判官  下田武三
           裁判官  岸 盛一
           裁判官  天野武一
           裁判官  坂本吉勝
           裁判官  岸上康夫
           裁判官  江里口清雄
           裁判官  大塚喜一郎
           裁判官  高辻正己
           裁判官  吉田 豊
 裁判官 大隅健一郎は、退官のため署名押印することができない。
        裁判長裁判官  村上朝一